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カンボジアのボジ子。

カンボジアで2年の仕事を終えて一時帰国中。シェムリアップの美味しいレストラン、手作りごはん・お菓子、たまに観光・旅行ネタ、ダイエット、コスメなど広く浅~~く。

”どんな風に死にたいですか?” スイスの自殺幇助制度から考えること。

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NAVER見て久しぶりにこういう話題に触れたら
私も自分の考えてることを書き留めてみたくなった。
http://matome.naver.jp/odai/2140893536180905201



高校生2年生の春休み、演奏旅行で初めてスイスを訪れた。
滋賀県の大津市と姉妹都市の、ベルン州インターラーケン。
耳を澄ませばハイジとペーターの声が
聞えてくるんじゃないだろうかって
思うぐらい、あのアニメの景色がそのまんま広がっていて。
3月末で日差しは温かいものの、雪深い山からの風は
乾燥していてとっても冷たかった。
 
そんな国に「自殺幇助制度」があると知ったのは
2013年11月号のDAYS JAPANが発売されたときの
フェイスブックへの投稿記事から。
 

「安楽死ツアー」だとか「自殺幇助制度」だとか、
そんなおっかない言葉は似合わないなァと思うけど、
それが実際に行われているのがここ、永世中立国スイス。

最初に申し上げますが私は特定の物事に対して強い信仰心は無いし
自殺がしたいわけでもないし
誰かにそれをススメようとしているわけでもありません。
ただ、いつだったか偶然この世に生を受けて
いつの日か何らかの形で終わっていく自分の命について
意味を感じ考えながら、丁寧に生きていきたいのです。

高校生のころ、友人に「将来の夢は?」と尋ねたところ
こんな答えがかえってきたことがあります。
「88歳の誕生日の朝、眠ったまま安らかに死にたい」
そこにどんな考えがあったかはわかりませんが、
私はそんな事今まで考えたことがなかったので
とても衝撃を受けました。

食べることに90%のリソースを使って生きている私が
何故こんなことを書いているかというと、
生や死を多角的に捉えて有意義なものにしていくためには
私ひとりの人生観だけでは足りないからです。
生命倫理学は生きて死んでいくことについて考える学問ですが
医療だけではなく宗教、政治、哲学、心理、などなど
私がよくワカラナイことも大きく関係しているのです。
だから、自分から発信して誰かが共鳴・反響してくれれば嬉しい。
そんな気持ちで書いているのです。
















生命倫理は主に「生」と「死」、つまりひとりの人間の
人生という長かったり短かったりする線の
端と端にフォーカスします。
テレビやニュースでよく取り上げられる、
出生前診断や体外受精、クローンなども
議論の対象となる学問なのであります。
例えば、自分のお腹に新たな命が宿った時、
「99%の確率で染色体に異常があります」と言われたら
産む人も堕胎を選ぶ人も居る。
「命の間引きなのではないか」と出生前診断を否定する意見もあれば
実際にハンデのある人の一生に責任を持つ親の立場になれば
美しいことばかりも言ってはいられないに違いない。

日本は、とにかく臭いものに蓋をする。
臭くなくてもいろんなモノゴトに蓋をする。
本質を中に封じ込めてブラックボックスにしてしまう。
「これめっちゃクサイですよ」って言われて
缶詰を渡されたら、開けたいと思う人はそう居ない。
でも、私はあえて開けたいです、蓋。


話がつまらなければ最後に綺麗な写真でも見てご退場ください(´・ω・`)

前置きが長くなったけどそろそろ自殺幇助の話をします。
安楽死が合法化されているのは、スイスの他に4か国あります。
ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、そしてアメリカの4つの州。
この4か国とスイスの大きな違いは、
スイスにある自殺幇助機関のひとつディグニタス(DIGNITAS)
スイス国籍以外の人でも登録でき、
諸費用含め70万円ほどを支払うことで安楽死できるのです。
誰でもそれが認められるわけではなく、末期癌や難病で
終末医療を必要とする人を対象としています。
2012年の海外からの自殺旅行者の数は172名。
その殆どがドイツやフランスといった近隣諸国からやってきます。

ディグニタスのWebサイトに、安楽死の方法が書いてありました。
制吐薬を服用後約1時間後に、致死量の粉末状ペントバルビタールを1杯の水又は果実飲料に溶かしたものを飲む。ペントバルビタールの過剰摂取は中枢神経系の活動を弱め、摂取者は5分以内に眠りにつく。次第に呼吸がより浅くなり昏睡状態へと移行し、30分以内に呼吸が停止し死に至る。 
このように、ペントバルビタールという麻酔薬を飲むことで
苦しむことなく最期を迎えるようです。

日本では現在、安楽死も尊厳死も認められていません。
病気に蝕まれていつか訪れる死を待つか、
自ら命を終わらせるか。
Wikipediaを見たところによると、自殺者の60%以上が
縊死を選んでいます。
私はその死に方に、尊厳を感じることが出来ません。

病院で最期を迎えたとしても、
末期癌で心臓の鼓動がどんどん遅くなっていく家族を前に
突きつけられるのは、どちらも辛い現実です。
「呼吸器を外しますか」「延命治療を続けますか」
その選択のどちらが、遺された家族の安堵に繋がるのでしょうか。

 
2012年の統計で2万7千人以上が自殺した日本、
いま必要なのは自殺しないための取り組みでもなく
自殺したい人がスイスに格安で行けるツアーでもなく、
日本の司法そのものが変わって、死の選択が出来る
フレームワークを作っていくことなのではないかと思うのです。

ライフリンクのWebページによれば、
日本国内の自殺者の40%は健康問題を理由に自殺しています。
もしもスイスと同じように規制緩和されていれば、
健康問題に悩みを抱えて自ら命を絶った
1万人以上もの人に安楽死という選択肢が
あったかもしれないのです。
(もちろん、40%全ての人が終末医療を必要としていたわけでは
無いと思いますが)

尊厳死や安楽死に対する制度も満足に整わないまま
医療技術だけがどんどん進んでいる今の日本で、
行き過ぎたターミナルケアは、国の財政を圧迫し続けます。
胃や腸に直接穴を開けて栄養を流し込んだり、
機械を外したら死んでしまうような状態で繋ぎつづける命も、
生きている限り意味はある。
けれど、そうなった時・そうなる前に、自分で選び取って迎える死にも
同じぐらい意味があっていいと思いませんか。

人間はいつか死ぬ。生にも死にも意味なんかない。
虚無主義の中に身を置いて思考を止めることは簡単です。
けれどその中には血の通ったあたたかい世界は存在しません。



最後に、実際に自殺幇助サービスを利用して
最期を迎えたとある女性の動画を貼らせて頂きます。


この動画の最後に、私が言いたかったことが全て書かれていました。
(ここまで読んでくれた人が居たらごめんなさい。)
そのまま転載させていただきます。
生が「義務」でなく「権利」であるならば、
人には生きる権利と共に「死を選ぶ権利」があるはずだ。
生きる権利を認めながら死を選ぶ権利をみとめない社会というのは、
一見人道的に見えるが、実は非人道的だと思う。
死を望む人に生を強要する権利は、誰にも無い。
―駒沢 丈治 (雑誌記者・フリーランス)
「生きたくても生きられない人がこの世にはたくさん居る」
よく聞くふわふわキラキラしたフレーズの裏に、
法によって安らかな死の機会を与えられないために
苦しい思いをしながらも生きる人や
もっと苦しい思いをして自分自身を終わらせる方が
いらっしゃるということを私たちは忘れてはいけません。
命は大切にするべきだけれども、その命は
ステレオタイプの道徳観に弄ばれるべきではないのです。


















バイクに乗っていると、「あ・死ぬかも」って思う瞬間に
出会ってしまうが多い。
もちろん、死にたくて乗っているわけではないけれども
他の乗り物に比べれば何かあったときの致死率は高いので
気を付けて乗らないとナァって思うし
それ以上にライダー仲間には気を付けて乗ってほしい。
このまま順調に生きればあと5,60年はこの世に居る予定なので、
その間に法整備が進んで自死という選択肢が増えることを
切に望んでいます。

もしここまで読んでくれた人が居れば、最後に問いかけさせて下さい。

人間、いつか死にます。

で、

”あなたは、どんな風に死にたいですか?”




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